概要
「ピアノを自然に還す実験」より
坂本龍一とSTEINWAY & SONS Z114
(チッペンデール)
2023年3月、音楽家/アーティスト・坂本龍一はこの世を去りました。
坂本は2014年、ハワイで出会った一台の古いピアノをニューヨークにある自宅の庭に置き、「ピアノを自然に還す実験」を始めます。文明がつくった楽器が、雨風にさらされ朽ちていく微細な変化を毎日観察していました。
東日本大震災から15年となる2026年3月11日。山﨑晴太郎は坂本龍一が実践した「社会彫刻」の精神を受け継ぎ、福島県広野町でその歩を始動。
二台目となるピアノは、坂本龍一が最後のアルバム『12』の制作に用いた1960年代製のSTEINWAY & SONS Z114(チッペンデール)です。
これは、自然と文明の共存を問う実験であり、この実験の公開を通じて、坂本の知的遺産の共有を試みるとともに、福島の復興、自然との共生、そして時間と人間の在り方について深く思索することの契機となることを目指します。
実験運営:株式会社セイタロウデザイン、一般社団法人坂本図書(sakamotocommon)
協力:福島県広野町
「ピアノを自然に還す実験」より
広野町についての想い
福島県広野町は、2011年の東日本大震災と福島第一原発事故の影響により、一時「全町避難」を余儀なくされた地域です。復興の次のフェーズとして、移住・定住、教育やスポーツ資源、そしてアートを活かした「未来へつなぐ町づくり」に舵を切っている——そんな“自然の豊かさと、震災後の時間の厚み”を同時に抱えた土地です。
2026年現在は帰還が進み、町民の帰還率は9割を超え、復興と共生に向けた歩みを続けています。一方で、震災によって傷ついた心の復興や、地域の未来像をどう紡ぐかは、いまなお大きなテーマとして残されています。
原発事故が地域にもたらした影響は、空間だけでなく「時間」の問題でもあります。放出された放射性物質のひとつであるセシウム137は、物理学的半減期が約30.17年とされ、影響は長期にわたって社会の意思決定や暮らしの感覚に影を落とし得ます。
また、除染や環境回復が進んだ領域がある一方で、生活圏外も含めた森林などの扱いは、復興の難しさを象徴する論点として語られてきました。
震災遺構や線量表示は、事故直後の状況を伝える大切な装置です。しかし、原発事故が内包する「長い時間」に向き合うための装置は、決して多くありません。ゆっくりと風雨にさらされ、変化していくピアノは、その不可逆な時間を可視化し、人の営みと自然が交差する地点として、私たちに静かな問いを投げかけます。
「ピアノを自然に還す実験」より
プロフィール
sakamotocommon
「sakamotocommon」(サカモトコモン)とは、坂本龍一が遺したものを共有化する試みです。坂本龍一の知的・物質的遺産のコモン化を目指し、未来のクリエイターのために利活用することを目指します。坂本龍一は、完成した作品よりも、「プロセスが面白い」と常に語っていました。であればこそ、遺されたものは美術館や博物館の奥深くに「収蔵」されるべきものではなく、坂本自身が死してもなお、新たに耕され、更新されていくべきもの、「プロセス」はいつまでも続いていくものだと考えます。「sakamotocommon」は、その「プロセス」を含めみなさんに開放していくことを試みます。
坂本 龍一
Ryuichi Sakamoto
Photo by Neo Sora ©2020 KAB Inc.
1952年東京生まれ。東京藝術大学大学院修士課程修了。1978年『千のナイフ』でソロデビュー。同年、YMOの結成に参加。1983年に散開後は『音楽図鑑』、『BEAUTY』、『async』、『12』などを発表、革新的なサウンドを追求し続けた姿勢は世界的評価を得た。映画音楽では『戦場のメリークリスマス』で英国アカデミー賞作曲賞を、『ラストエンペラー』でアカデミー賞作曲賞、ゴールデングローブ賞、グラミー賞など多数受賞。『LIFE』、『TIME』などの舞台作品や、2018年 piknic/ソウル、2021年M WOODS/北京、2023年-2024年 M WOODS/成都、2024年-2025年 東京都現代美術館/東京での大規模インスタレーション展など、アート界への越境も積極的に行なった。環境や平和問題への言及も多く、森林保全団体「more trees」を創設。また「東北ユースオーケストラ」を設立して被災地の子供たちの音楽活動を支援した。 2023年3月28日逝去。
山﨑 晴太郎
Seitaro Yamazaki
株式会社セイタロウデザイン代表、クリエイティブディレクター・アーティスト。「社会はデザインで変えることができる」という信念のもと、省庁・企業と協働しながら多数のプロジェクト推進。主なプロジェクトに、東京2020表彰式、JR西日本、旧奈良監獄利活用基本構想、代官山ASOなど。 現代アーティストとしても活動し、日本的「余白」や無常観といった美学を起点に、現代社会における沈黙や残滓、曖昧さの価値を問い直す視覚哲学的な実践を展開。東京、上海、ベルリン、ワシントンD.C. などで大規模個展を開催。ラルカナ・ビエンナーレ(2025)への参加やSXSWへの招待展示など、国際的な舞台で活動。 「ハタゴイン福島広野」のブランドデザインを行なったことをきっかけに、「余白のアートフェア福島広野」のディレクターに就任。被災地の復興や地域再生と文化の接続にも取り組む。 TBS「情報7daysニュースキャスター」、日本テレビ「真相報道 バンキシャ!」「シューイチ」などにコメンテーターとして出演中。著書に『余白思考』(日経BP)。